1789年6月20日、ヴェルサイユの空気は重く湿っていました。降りしきる雨の中、締め出された議員たちが駆け込んだのは、豪華な会議場ではなく、板張りの殺風景な「テニスコート(球戯場)」でした。この日、彼らが交わした誓いこそが、数千年の歴史を持つ絶対王政を根底から揺るがし、近代民主主義を産み落とす「フランス革命」の真の幕開けとなったのです。
なぜ「テニスコート」だったのか? 締め出しが生んだ劇的なドラマ
「テニスコートの誓い」という名前は有名ですが、当時の競技は現代のテニスではなく、室内で行う「ジュ・ド・ポーム(手のひらの遊び)」でした。
当時、特権階級と平民(第三身分)の対立は極限に達していました。平民議員たちが自分たちを「国民議会」と宣言すると、これに焦った国王ルイ16世は、会議場を修理という名目で閉鎖してしまいます。行く場を失った彼らが雨を避けて逃げ込んだ先が、偶然そこにあったテニスコートだったのです。
実際にヴェルサイユの街を歩いてみると、宮殿のきらびやかな装飾から少し離れた路地裏に、その建物は今もひっそりと佇んでいます。豪華な「鏡の間」でダンスに興じる貴族たちと、窓一つない無機質な空間で熱弁を振るう平民議員たち。その物理的な距離の近さと、あまりに大きな精神的格差に、当時の人々が感じたであろう理不尽さが肌身に迫ります。
憲法制定まで解散しない! 命がけの誓いと熱狂
その場にいた議員の一人、ミラボーは、解散を命じに来た王の使者に対し「我々は銃剣の力によらねばここを動かない」と言い放ったと伝えられています。
彼らが誓ったのは、単なる抵抗ではありません。「憲法が制定されるまで、いかなる場所でも集まり、決して解散しない」という、国家の仕組みを根本から作り直すという強い意志でした。
有名なダヴィッドの絵画を見てください。窓から吹き込む強い風に髪をなびかせ、中央のバイイ議長に視線を集中させる群衆。そこには、身分を超えて抱き合う聖職者と平民の姿も描かれています。あの中に自分がいたとしたら、どれほどの高揚感と、背筋が凍るような緊張感を感じたでしょうか。それは、それまで「支配される対象」でしかなかった民衆が、「国家の主役」に変わった瞬間でした。
ヴェルサイユを訪れるなら。歴史の静寂に触れる体験
もしあなたがヴェルサイユ宮殿を訪れるなら、華やかな庭園だけでなく、ぜひこの「球戯場」へ足を運んでみてください。観光客の喧騒から少し離れたその場所には、当時の熱狂を閉じ込めたような独特の静寂があります。
内部には、ダヴィッドが描いた未完の大作の模写や、誓いに署名した議員たちの胸像が並んでいます。石畳の床を歩く足音が響くたび、200年以上前にここで叫ばれた「自由・平等・友愛」の第一声が聞こえてくるようです。
旅行の記録を残すなら、高画質なiphoneやデジタルカメラを用意して、あの高い天井から差し込む光を収めてみてください。当時の議員たちが見上げた、新しい時代の光と同じ角度の輝きが見つかるかもしれません。
結びに:私たちの自由はここから始まった
テニスコートの誓いから数週間後、民衆はバスティーユ牢獄へと向かい、革命は取り返しのつかないうねりへと発展していきます。
この出来事が教えてくれるのは、どんなに強大な権力であっても、個人の意思が集まり、「NO」と言い続ける勇気を持てば、世界は変えられるということです。私たちが今、当たり前のように享受している選挙権や言論の自由。そのすべての原点は、あの雨の日のテニスコートにあったのです。
歴史を学ぶことは、過去を知ることではありません。当時の人々の熱気や震えを追体験し、今の自分たちが立っている地面の深さを知ることなのです。


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