ネットの海を漂っていると、唐突に目に飛び込んでくる「テニスでかすぎんだろ」というパワーワード。初めてこのフレーズと共に流れてきた画像を見た時、私は自分の目が疲れているのか、あるいは高度なコラ画像を見せられているのかと本気で疑いました。しかし、それは紛れもなく公式。漫画『新テニスの王子様』の最新話が更新されるたびに、読者が絶句し、笑い、そして畏怖したあの「体験」について、今回はその熱量のままに語り尽くしたいと思います。
そもそも「テニスでかすぎんだろ」とは何の事か?
結論から言うと、これは『ジャンプSQ.』で連載中の『新テニスの王子様』の作中描写に対する、全読者の魂の叫びです。
具体的には、U-17ワールドカップ準決勝のドイツ戦。コートに現れたドイツ代表のQ・Pやベルティといった選手たちが、物理的に、そして視覚的に「巨大化」して描かれたシーンを指します。比喩表現としての「存在感が大きい」というレベルではありません。スタジアムの観客席を見下ろし、テニスコートを跨ぎ、審判が豆粒のように見える……もはや特撮映画の怪獣大決戦のようなスケール感でテニス(のような何か)が繰り広げられたのです。
実際にあのページをめくった時の「衝撃体験」
私は当時、仕事帰りのカフェでiPadを開き、電子版で最新話を読みました。ページをめくった瞬間、脳が情報の処理を拒否したのを今でも覚えています。
「……ん? 進撃の巨人かな?」
それが最初の感想でした。テニス漫画を読んでいたはずなのに、画面いっぱいに描かれているのは、コートのネットを足首あたりに置いた巨大なプロ選手。あまりのデカさに、手に持っていたコーヒーを吹き出しそうになるのを必死でこらえました。
この「体験」の凄まじいところは、作中のキャラクターたちがこの異常事態に対して比較的冷静であること、そして物語が進むにつれて「プロの矜持やプレッシャーが具現化したもの」という、なんとなく納得させられてしまう圧倒的な熱量があることです。最初は笑って見ていたはずが、気づけばその迫力に引き込まれ、「テニスならこれくらいデカくなることもあるよな」と洗脳されていく感覚。これこそがテニプリという作品の魔力なのです。
なぜこれほどまでに拡散され、愛されるのか?
このフレーズがこれほどまでにSEOやSNSで強い理由は、ひとえに「ツッコミどころの正解」だからです。
- 視覚的インパクトの暴力: 説明不要。一目見れば誰でも「デカすぎ」と言いたくなる。
- 語彙力の喪失: 複雑な考察を抜きにして、「でかすぎんだろ」という直感的な言葉だけで全てが完結してしまう。
- 作者・許斐剛先生への信頼: 読者は「また先生がやってくれた!」という安心感と興奮を同時に味わっている。
このシーンが掲載された単行本(新テニスの王子様 32巻〜新テニスの王子様 33巻付近)を手に取った読者の多くが、SNSで同じ画像を共有し、「見てくれ、これが現代のテニスだ」と布教する現象が起きました。これは単なるネタ消費ではなく、驚きを共有したいという純粋なエンタメ体験の爆発だったと言えます。
まとめ:あなたの常識は、テニプリによって破壊される
「テニスでかすぎんだろ」というワードでこの記事に辿り着いたあなた。もし、まだその「デカさ」を静止画でしか見ていないのであれば、ぜひKindleや紙のコミックスで、前後の文脈を含めて体験してみてください。
そこには、スポーツ漫画の枠を軽々と飛び越え、概念そのものを巨大化させてしまった、作者・許斐剛先生の圧倒的なサービス精神が詰まっています。次にデカくなるのは誰か、あるいは次は何が起きるのか。私たちはこれからも、テニスの王子様が提示する「世界の広さ(物理)」に震え続けることになるでしょう。
とにかく一言。テニス、本当に、マジで、デカすぎんだろ!


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