テニスの試合を観戦して「この躍動感を絵にしたい!」と思い、いざ筆を執ってみたものの、仕上がりがまるでおもちゃの虫取り網のようになってしまった……。そんな経験はありませんか?
実は、テニスラケットは「幾何学的な正確さ」と「複雑な質感」が共存する、イラスト中級者泣かせのモチーフです。私はこれまで数多くのスポーツイラストを手がけてきましたが、ラケットを「本物」に見せるためには、単に形を模写する以上の、ある種のデザイン的な「割り切り」と「こだわり」が必要だと痛感しています。
今回は、私が何度も失敗を繰り返す中で見つけた、テニスラケットをリアルに描き切るための実践的なテクニックを余すことなくお伝えします。
【体験談】なぜ私の描いたラケットは「おもちゃ」に見えたのか?
初期の私の作品が決定的にリアルさに欠けていた理由は、主に3つの「思い込み」にありました。
- ガットを単なる「格子」だと思っていた一番の失敗は、ガットを算数ノートのマス目と同じように描いてしまったことです。実物のガットは、フレームの穴(グロメット)から出て、網目のように交互に上下を通り、強いテンションで張られています。この「重なり」と「たわみ」を無視すると、一気に説得力が失われます。
- フレームを平面的な「板」として捉えていた最新のテニスラケット、例えばバボラ ピュアドライブのようなモデルをよく観察すると、フレームは単なる楕円ではなく、空気抵抗を考慮した複雑な断面形状をしています。厚みの変化を無視して描くと、紙細工のような安っぽさが出てしまいます。
- パースの歪みに気づかなかったラケット面は完全な楕円ですが、角度がつくとその歪み方は非常に複雑です。手描きにこだわりすぎてパースが狂うと、どんなに質感を書き込んでも「折れたラケット」に見えてしまいます。
リアルを極める3ステップ・メイキング
Step 1:構造を「パーツ」で分解する
いきなり細部を描き込まず、まずは比率を固定します。
- フェイス(面):全体の長さの約半分。
- スロート(首):二股に分かれる部分。ここがラケットの「表情」を決めます。
- グリップ(持ち手):八角形であることを意識します。
私は、ラケットの正確なパースをとるために、最初はiPad Proの3Dモデルビューアーなどで角度を確認し、下書きのガイドにするようにしています。
Step 2:ガット(ストリング)に「命」を吹き込む
ここが最もリアルさに直結する作業です。
- 中心から描く:ガットは中心から外側に向けて描くとバランスが崩れません。
- 交差部分の「影」:ガットが上下に重なる部分に、ごくわずかなドット状の影を入れます。これだけで「編まれている」質感が爆発的に高まります。
- フレームの内側の影:ガットがフレームに隠れる部分に、フレームからの落とし影を薄く入れましょう。これでフェイス内の「空間」が表現できます。
Step 3:素材ごとの「質感」を書き分ける
- フレームの光沢:カーボン素材の質感を出すには、ハイライトを「点」ではなく「線」で、それもかなり鋭く入れます。
- グリップテープの「生っぽさ」:グリップにはヨネックス ウェットスーパーグリップのような、独特のしっとりとした質感があります。あえて少しだけ「シワ」や「重なり目」を描き込み、ハイライトをマット(鈍く)に抑えることで、使い込まれた道具のリアリティが生まれます。
プロが教える「最後の一手間」
イラストを仕上げる際、私は必ず「ロゴ」と「ステンシル(ガット上のマーク)」にこだわります。
多くのプロ選手は、ガットの上にメーカーのロゴをペイントしています。このペイントを、ガットの線に沿って少しだけ掠れさせて描くと、一気に「現場感」のあるイラストに仕上がります。
また、細かい傷や地面と擦れた跡をフレームの先端(エッジガード付近)に少しだけ加えるのもテクニックの一つ。完璧すぎるラケットよりも、少しの「使用感」が、見る人に物語を感じさせるのです。
まとめ:リアルさは「観察の深さ」で決まる
テニスラケットをリアルに描くことは、テニスの技術習得に似ています。最初はテニス雑誌などをじっくりと眺め、光がどこで反射し、影がどこに落ちているのかを徹底的に「観察」することから始めてください。
今回ご紹介したテクニックを一つずつ試していくことで、あなたのイラストは確実に「説明的な図解」から「体温を感じるアート」へと進化するはずです。
まずは、グリップの八角形の角を意識して描くことから始めてみませんか?


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