「asics(アシックス)って、なんとなく海外のブランドだと思ってた」
先日、ランニング仲間とシューズの話をしていた時に出た言葉です。確かに、洗練されたデザインや欧米での圧倒的なシェア、そしてどこか異国の響きがするその名前から、外資系ブランドだと勘違いしている方は意外と少なくありません。
しかし、結論から言うと、asicsは兵庫県神戸市に本社を置く、生粋の「日本ブランド」です。
私が初めて本格的なマラソンに挑戦した際、足の痛みで悩んでいた私を救ってくれたのも、この日本人の足を熟知したasicsのシューズでした。今回は、なぜこれほどまでに世界中で愛されているのか、そのルーツと知られざる歴史を深掘りします。
1. 戦後、神戸の小さなガレージから始まった物語
asicsの歴史は1949年、創業者である鬼塚喜八郎氏が神戸で「鬼塚株式会社」を設立したことから始まります。
戦後の荒廃した日本で、「スポーツを通じて青少年の健全な育成に貢献したい」という熱い想いが、ブランドの原点です。最初に開発されたのは、当時最も難しいとされていたバスケットボールシューズ。タコの吸盤をヒントにしたソールなど、既成概念にとらわれない発想力は、この頃からすでに発揮されていました。
かつてのブランド名である「オニツカタイガー」は、今やファッションアイコンとしてパリやミラノの街角でも日常的に見かける存在ですが、その精神は今も神戸の地に息づいています。
2. 「アシックス」という名前に込められた祈り
「asics」というアルファベット5文字。これ、実はラテン語の格言の頭文字をとったものなんです。
“Anima Sana in Corpore Sano”
(健全な身体に健全な精神があれかし)
この言葉を知った時、私は胸が熱くなりました。単に速く走るための道具を作っているのではなく、使う人の心まで豊かにしたいという哲学。私が愛用しているゲルカヤノやノバブラストを履いて一歩踏み出すとき、少しだけ前向きな気持ちになれるのは、このブランドコンセプトが製品に宿っているからかもしれません。
3. 実はナイキの師匠?知られざる日米の絆
あまり知られていない驚きの事実が、世界王者のnike(ナイキ)との関係です。
実は、nikeの創業者であるフィル・ナイト氏は、若かりし頃に日本を訪れ、オニツカタイガーの品質に感動。アメリカでの販売権を求めて直談判したことから、彼のビジネスキャリアがスタートしました。
つまり、nikeの黎明期を支えたのは、日本の職人技術だったのです。このエピソードを知ると、いつものランニングシューズを見る目が少し変わりませんか?
4. 実際に履いて感じる「日本ブランド」の安心感
海外ブランドのシューズを履くと、どうも土踏まずが浮いたり、小指が当たったりすることがあります。しかし、asicsを履いた瞬間の、あの「吸い付くようなフィット感」は格別です。
神戸にある「スポーツ工学研究所」では、人間の動きをミリ単位で分析し、最先端の素材開発が行われています。
- ゲルテクノロジー: 膝への衝撃を驚くほど和らげてくれる魔法のようなクッション。
- 日本人の足型(ラスト): 幅広・甲高が多い私たちの足に寄り添う設計。
私もフルマラソン後半の苦しい時間帯、マジックスピードの反発力に何度も助けられました。どんなにデザインが進化しても、根底にあるのは「日本人のモノづくり」に対する真摯な姿勢です。
まとめ:世界を走る、日本の誇り
「asicsはどこの国?」という疑問の答えは、誇るべき「日本」です。
創業から70年以上経った今も、その革新的な技術と哲学は、プロアスリートから週末のジョガーまで、世界中の足元を支え続けています。もし次にシューズを新調するなら、ぜひasicsのショップでその歴史とフィット感を体感してみてください。
その一歩が、あなたの走りを、そして毎日を少しだけ変えてくれるはずです。
「次回のランニング、どの一足と出かけますか?」もし迷っているなら、asicsのラインナップをじっくり比較検討してみることをおすすめします。


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