多くのプログラマーが「新しいプログラミング言語を学ぶ」と言うとき、それは既存の文法やライブラリを覚えることを指します。しかし、Racket(ラケット)との出会いは、そうした「既存のルールに従う」姿勢を根底から覆す体験でした。Lisp派生言語でありながら「言語指向プログラミング(Language-Oriented Programming)」を掲げるこの環境は、単なるツールを超えた、思考を形にするためのキャンバスです。
最初の一歩:DrRacketが教えてくれた「書く」楽しさ
MacBook Proを開き、Racketの専用IDEである「DrRacket」を立ち上げた瞬間、まず驚くのはその親切設計です。モダンなエディタのような派手さはありませんが、括弧の対応関係を色付けで示し、関数の定義元へ一瞬でジャンプできる機能は、Lisp特有の「括弧の壁」をいとも簡単に取り払ってくれました。
実際にコードを書いてみると、その書き味は驚くほど軽快です。
「この機能、標準にはないな」と思ったら、ライブラリを探す前に「マクロ」を使って自分好みの文法を定義できてしまう。この「言語そのものを拡張できる」という全能感は、PythonやJavaでの開発では決して味わえない、Racket独自の体験と言えるでしょう。
実践体験:独自の「ドメイン特化言語」を作ってみた
私がRacketの真価を実感したのは、簡単な設定記述用のミニ言語(DSL)を自作した時でした。通常の言語であれば、パーサーを書き、構文木を解析し……という膨大な手間がかかります。しかし、Racketのマクロシステム(特にsyntax-parse)を使えば、驚くほど直感的に新しい構文を定義できます。
「自分の思考プロセスに、プログラミング言語の方を合わせる」
この体験をしてしまうと、普段使っているWindows上の開発環境が、どこか窮屈に感じられるほどです。Racketは単にコードを実行する場所ではなく、自分のアイディアを最も純粋な形で表現するための「実験場」なのです。
学習の壁と、それを乗り越えた先の景色
もちろん、すべてが順風満帆だったわけではありません。再帰的な思考や、副作用を避ける関数型プログラミング特有の作法には、慣れが必要です。iPadでリファレンスを読み込み、頭を抱える夜もありました。
しかし、その苦労の先にある「コードが魔法のように短く、美しく収まる瞬間」は格別です。特に、Racketのドキュメント作成ツールである「Scribble」に触れたときは感動しました。プログラムとドキュメントが完全に融合し、コードを変更すればドキュメントも自動で更新される。この徹底した合理性は、エンジニアとしての美意識を大いに刺激してくれます。
Racketは現代のプログラマーに何を教えてくれるのか
Racketを学ぶことは、最短ルートでアプリを作ることには向かないかもしれません。しかし、Kindleで技術書を読み漁るよりもずっと深く、「言語とは何か」「抽象化とは何か」というプログラミングの本質を教えてくれます。
もしあなたが、日々の業務で「フレームワークに使われている」感覚に陥っているのなら、ぜひ一度Racketに触れてみてください。そこには、自分の手で宇宙(言語)を創造するような、純粋で贅沢な知的好奇心の充足が待っています。


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